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赤ちゃんが欲しい。今昔物語。

不妊治療を継続する上で、心構えの問題は意外に大きなウエイトを占めています。

あなた自身の気持ちの持ちようですね。最近はこの気持ちの持ちようという言葉をうまく表現する言葉が一般に語られません。

昔風に言うと、信念、本願、志といったような言葉がちょうどフィットしそうです。

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赤ちゃんが欲しいと言う意味合いも、現代では昔のような切実感は無いように思います。

女性が純粋に、赤ちゃんが欲しいと思う気持ちには代わりはないのだと思うのですが...

昔なら、結婚は両家がするものでした。

結婚する者同士が、狭い地域に住んでいる事が多かったと思いますし、そのエリアの中での地位とか、役割、所得差や人間関係を乱さないように、またそれぞれの家系がこの先も問題を起こさず、繁栄するようにという配慮を持った制度だったと思います。

また、日本の人口の多くが農業に携わっていて、仮に武家といえども、そこそこの地位と名誉、収入を確保できた、大きな藩の家老などを除けば、その多くが農地を耕しながらの半農であったと思われます。

そうなると当然、土地を耕して耕作しなければ食べていけないのですから、男手が沢山必要になります。女性は結婚すれば、旦那さんの家の人となって仕事をこなしつつ、子供をどんどん作らなければ一家が滅んでしまい兼ねません。

この長きに渡る古い時代の生活は、子供を作る事が一族の生き残りに欠かせない、大事な戦略の一つだったと思われます。

ですから女性の役割というもの自体が今とは全く違っていて、嫁であり、子供を作るためにこそ、大きな存在価値があったと思われます。

逆に嫁として家に嫁ぎ、子供を作れないとなると、その瞬間に家の穀を潰す存在へと転落してしまうわけです。実家へ帰らされるか、大きな家なら二号さんがやって来て、日陰で酷使されるだけの、寂しい存在にされてしまうかも知れないのです。

こう考えると、時代が違うと赤ちゃんが欲しいという、同じ女性の純粋な願いの背景には、全く違う意味合いを持った重要な環境が広がっている事がわかります。

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現在なら、「もし子供に恵まれなかったとしても、それならそれで幸せなのだから、二人で自由に楽しんで生活していこうよ」という事で、さほど問題もなく二人の気持ちの中で結論はつく事が多いでしょう。

生きるということの厳しさが、やはり昔は現在とはだいぶ違うなあと考えさせられるのです。やっぱり現代に生まれたのは、本当に幸せなことなのですね。